夢破れることにも価値がある
2022年11月9日 Vol.955
つばめ学院は埼玉県和光市にある「生徒を元気にする塾」です。
塾長の関口です。
つばめ学院では生徒が受験生ではなくてもできるだけ早い段階での志望校の「仮決め」をおすすめしています。
「まだ決まっていません」なら「今決めましょう」ということです。
その事によって得るものは非常に多いはずです。行きたい学校を決め、その目標に向かって真っ直ぐ努力をして欲しいのです。
なぜ志望校が決まらないのか
生徒たちに志望校を聞くと、ほとんどの子は「決まっていません」「わかりません」と言います。
「じゃあ、今決めよう」というと嫌がります。
難しいことではないですよね。志望校。
塾に来るような子ですから。基本的には上の学校に行きたいはずなんです。
だったら、浦和・浦和一女・大宮あたりを決めれば良いだけです。
今の成績が気になって高い目標を設定すると現実味がわかないのであれば、川越・川女。
勉強に自信がなければ和光国際。と言えばいいだけです。
この理屈を言うと、ほとんどの人は「え?目標高すぎじゃない?」という反応になります。
もちろん、お気持ちは良くわかります。「高すぎ」かもしれません。
でもちょっと冷静に考えてみて頂きたいのです。
目標が「高すぎ」なのはダメなのでしょうか?
目標が「高すぎ」で困るのは「夢破れるリスク」が高くなることくらいしかありません。
「夢破れて」はダメなのか?
では次の疑問は「夢破れる」のはダメなことなのか。です。
もし「夢破れる」ことにも一定の価値があるとしたらどうでしょうか。
高い目標を持つことの「リスク」はほとんどなくなるかもしれません。
そして声を大にして言いたいのですが、「夢破れる」ことに価値はあるんです。
少なくとも私は「夢破れ」ながら、次の目標に手を伸ばしてきました。
今日はそのお話を書こうと思います。珍しく自分の事を書きます。
「悔しい」が引き上げてくれた
私が中学生の時に行きたかった高校は「明治大学付属明治高校」です。
明治大学の付属に行きたかったんです。
何度か明大明治に足を運び、「男坂」を見ながら「俺もここに通うのかぁ」と勝手に妄想をしていました。
しかし結果は不合格。その時は人生の終わりかと思うほどに落ち込み、気持ちはズタズタのボロボロになりました。
そして実際に通うことになる小石川高校には、試験日当日に初めて行ったというくらい興味がを持てない始末。(ちなみに、小石川高校の3年間はとてつもなく楽しい3年間でした。私の高校生活は小石川以外ありえない、と今は思ってます。)
そんな私が高3で受験を迎えた時の志望校は「明治大学」。だけではありませんでした。
夢破れた私は「明治大学」に合格するだけでは納得できなかったのです。
(本当に恥ずかしいほど、しょーもない理由です)
「明治大学」に合格したうえで、進学はしない。
「明治大学」に振られたお返しは、「明治大学」を振る。というものでした。(恥ずかしい、、、)
結果として、明治大学理工学部に合格しました。同時に東京理科大学理工学部に合格し、理科大の理工学部に進学をしました。
「夢破れ」の話はまだ続くんです。
理科大での4年間は理系とは思えないほどに遊びまくりました。4年間で卒業できたのが奇跡的なほどです。当然ながら大学の成績は下の下。
そんな「下の下」がバカなことを言い出します。大学院への進学です。
ろくに勉強していなかったくせに、「大学院に進学してもっと科学を極めたい」と言い出すわけです。
そして、まわりの友人と同じように自分が所属する研究室の教授に相談を持ちかけます。
「先生!僕は大学院に進学して、さらに物理学を学びたいです!!」
「うん。それは良いのだけれど。。。君の成績だとね。。。推薦という形は難しいかもしれないので、一般試験を受けてもらえるかな。」
「え?推薦で進学できないんですか??」
そもそも卒業できるだけでも感謝しないといけない成績です。しかし当時の私はそれでも「夢破れた」んです。
そこで「どうせ試験を受けるんだから」という理由で、東京理科大学と東京工業大学の大学院を受験します。両方から合格を頂いたので、国立の東工大の大学院に進学しました。
普段あまり言うことのない自分の話を長々と書きました。
お伝えしたい事はシンプルです。
「夢が破れた」からこそ、今のわたしはあります。
自分の思った通りに人生が進んでいたら、間違いなく今の私の生活は実現していません。
社会人になってからも、私は「夢破れ」続けてきました。その悔しさが次のステージに自分を押し上げてくれたんです。
全ての人が私と同じとは思いません。
ただ、知って頂きたいのです。
夢を描いて実現しないという経験は次につながるという事です。
そして、声を大にして言いたいことがあります。
誰もが「夢破れた」経験はあるはずなんです。そしてその経験がご自身を引き上げてくれたのであれば、是非ともそれをお子さんに伝えて欲しいです。
中高生は恐れています。夢が破れて傷つくことを。
大人は知っています。その傷口が癒えるときにこそ成長があるのだということを。